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嵩丸秘傳

あるときはサラリーマン。またあるときは和太鼓奏者。その真の姿は世を忍ぶ乱波者「嵩丸」が書き残した秘傳の書が発見されたようです。忍者専門サイト「Ninjack」の中の人もやってます。

忍者を哲学してみた(1)

忍者ってなんだろう?

 

忍者の本質ってなんだろう?

 

忍者を愛する者にとって、この問いかけはもはや哲学の境地とも言うべきもの。

 

忍者と忍びの者の違い。

 

伊賀甲賀とそれ以外の忍者の違い。

 

時代によって変わる忍者の役割と、忍者が本来の仕事をしなくなった後にその役割を誰が担ったのか。

 

それらに対する禅問答をずっとずっと繰り返しても、まだ明快な答えが出ないのが忍者の奥深さや浪漫だったりするのですが...

 

僕はこのひたすら忍者について考えていく作業を「忍者を哲学する」と勝手に名付けて、時間さえあればグルグル考えている頭のおかしい忍者なわけですが、忍者を哲学するにあたって、今の段階で一つ思っていることがあります。

 

それは忍者の本質をあらわすキーワードとして一番しっくりくるのが「インテリジェンス」というワードだよなぁということ。

 

そして「忍者=インテリジェンス」という方程式が成り立ったとき、決して伊賀や甲賀だけが忍者なのではなく、この日本国内においてありとあらゆる時代と地域に忍者が存在していたし、忍びの者という呼び名に止まらない数多の人々が忍者だった、ということができるのではないかということです。

 

これが立証できれば、忍者の本質とは何かが見えてくると同時に、今までにない忍者像を打ち出すことができると思えて仕方ないのであります。

 

論理よりも感性で生きる人間なので、あまり筋は通ってないかもしれませんが、今日はそんな話をつらつら書いてみたいと思います。

 

対象は忍者ではなく忍びの者

 

広義としての忍者を三重大学が提唱する「忍者」と「忍びの者」で分類したときに

・現代文化としての「忍者」または「Ninja」

・史実としての「忍びの者」

の2つがあります。

 

 

現代に受け入れられ、人の興味を引くのは前者の方であり、この発展なくして忍者の繁栄はないわけですが、今回話すのは後者の忍びの者について。

 

前者の忍者も大好きなので、こっちについてはまたいつか書きたいと思います。

 

忍者と忍びの者は明確に分けて記載したいところですがめんどくさいので(笑)、以降に出てくる「忍者」は「忍びの者」の意味で捉えていただければと思います。

 

戦における諜報の重要性

 

忍者の中でも一番活躍した戦国期の忍者。

 

彼らの役割として大部分を占めるのが諜報活動ですよね。

 

これはどの書籍にも書いてあることですが、基本的に敵国の情報を収集して、依頼主の元に的確で適切な届けることが忍者のミッションです。

 

ではなぜ諜報活動が必要なのかというと、その答えは孫子の兵法にあります。

 

この世で至高の兵法書である孫子の兵法には、将の心得や軍を動かすノウハウがふんだんに説かれているわけですが、その中でも一番最後に書かれている最重要な要素は何だと思いますか?

 

それは「用間」、いわゆる「間者を用いること」です。

 

将が将たる所以は、この世の中を良くして平和な時代を作りあげるところにあります。

 

その大志を遂げるために、時には、というかかなりの確率で人の命を奪う戦をしなければなりません。

 

でもその戦ってすごく金もかかるし、その間は農作物も作れないし、人は死んでしまうし、そうこうしてもたった1日で勝敗が決まることもあるので、戦なんてしないに越したことはありません。

 

だからそのような犠牲を出さずに、情報を収集したり、操作したりすることで敵国を滅亡に追いやり、戦を起こすことなく敵に勝利することができれば、その間諜の働きというのは何十人もの大将首を獲ったものと同じだから間諜にこそ多額の報酬を与えるべき、と孫子は説いています。

 

つまりどんな武功よりも情報の把握と操作こそが最重要であり、評価されるべきものとして位置づけているのです。

 

日本の戦国期において、天下統一を成し遂げた徳川家康の元でこの役割を担ったのが伊賀者・甲賀者でした。

 

家康が天下を取れたのは、この諜報の重要性に着目して一流の諜報集団を手に入れたからなのではないかと考えています。

 

孫子の説と家康のケースからも、大志を成し遂げるために何よりも重要な要素は情報収集と情報操作による諜報にこそあり、忍者とか伊賀者とかの呼び方云々の問題ではなくて、そのような間諜の役割を担う存在こそが最も得難き崇高な存在であることがわかると思います。

 

では存在とは一体何だったのか。

 

それはいわゆる「インテリジェンス」であり、その役割を担っていた人の一部が忍者と呼ばれた人たちだったに過ぎないんだと思っています。

 

インテリジェンスとは?

intelligenceの訳を見ると

1. 知性・知能・理解力

2. 情報・諜報

とあります。

 

informationも同じ情報ですが、こちらは「生の情報」という意味合いであり、intelligenceの方は「加工・分析された情報」という意味を持ちます。

 

この2つは明確に違う意味の言葉であり、informationを元にして加工・分析することで生じるのがintelligenceなのです。

 

単に情報収集と報告に止まらない分析という付加価値をつけ、時には情報を操作することで世の中を動かすこと、つまり情報を司ることのできる知性こそがまさにインテリジェンスであり、忍者が忍者たる所以だと思うのです。

 

具体的にいうと、例えば

 

「信長の様子を見て来い」

 

と言われた時に

 

「本能寺にいます」

 

だけでは単純にインフォメーションを提供したにすぎず、これでは明智さんも

 

「時は今!...なのかな?」

 

ってなって、辞世の句を詠んで下剋上を実行するわけにはいかないんです。

 

「信長は本能寺にあり、周りには側近数十名しかいないようです。二日後に茶会が開かれ、浮かれて夜坊主たちが帰った後が狙い目かと。」

 

などと周辺情報と自身の考察を交えて「依頼主がどう動くべきなのか」をインプットすることができれば、明智さんも「これは攻めるなら今でしょ!」って判断ができるわけです。

 

複数の事実から、今後起こり得るであろう事態の予測までをセットにして、依頼主が判断しやすいように情報を提供する。

 

これこそが依頼主から求められていることであり、その分析能力なくして諜報はなりません。

 

また、時には情報を変化させ、噂を流して敵を混沌に陥れたりします。

 

そのためには人心の何たるかを深く理解しておく必要があります。

 

インテリジェンスには、人の機微にも知識があることが求められており、諜報を成し遂げるには極めて高い知性が求められているわけであります。

 

このインテリジェンスを担ったのが忍者と呼ばれる者であり、忍者とは何かを考えたときの本質は、武道でも暗殺でもなくて、つまるところこのインテリジェンスにあるんだと思います。

 

忍者とか素破とかいろんな呼び方がありましたが、その本質部分であるインテリジェンス的な役割を担う者こそが、いわゆる忍者として捉えるべきなんだと思うんです。

 

伊賀甲賀以外の忍者

 

忍者=インテリジェンスを担った者と捉えたとき、いわゆる伊賀と甲賀だけが忍者じゃないというのは明白になってきます。

 

確かに、伊賀と甲賀は社会的に独立していた特殊な集団であり、どこの国にも属さない中立性や都に近く外敵が入りづらい地理性からも、諜報活動を専門的に行うには突出して恵まれた条件下にありました。

 

その事から全国の将たちが彼らを頼ったことも頷けますし、信長が脅威を抱いて伊賀を攻め滅したのも納得がいきます。

 

しかし、前述したとおり依頼主の大志を成すために諜報活動をするのが忍者なのであれば、何も外部に委託せずとも内製したっていいわけです。

 

外部に依頼するには高いお金もかかるわけですから、いくら情報の重要性を知っていたとしても、徳川家のような大きい大名家でなければそうやすやすと依頼することなんてできなかったでしょう。

 

それを内製で行なっていたのが足長坊主と呼ばれた武田信玄で、三つ者や歩き巫女といった内製の諜報集団を持っていました。

 

その他にも上杉の軒猿、伊達の黒脛巾組、尼子の鉢屋衆、織田の饗談、北条の風魔、真田の素破、前田の偸組と、大名に召し抱えられていた忍者たちがいたわけです。

 

徳川についていた伊賀や甲賀が今では有名ですが、それは徳川が天下を取ったからであり、もし伊達政宗があと20年早く生まれていて天下を取っていたとしたら、忍者といえば黒脛巾となっていたことでしょう。

 

有名になってはいけないのが忍者ですので、逆説的にいうともしかしたら忍者として優秀だったのはそれこそ徳川以外の大名に仕えた名もなき忍者達だったんじゃないか、と思えてくるんです。

 

忍者というのはその呼び方は関係なくて、定義の問題なんですよね。

 

だからその諜報活動を担っていたのは、それを専門的に行なっていたいわゆる伊賀者甲賀者だけじゃなくて、普通の侍の中でもコミュニケーション能力に優れていて、交渉や謀略が得意な知性に溢れる者がいて、平常時は情報収集なり工作活動をしていたのだとしたら、例え戦の時には十文字槍をめっちゃ振り回していたとしても彼は忍者なんだと思います。

 

そこに武士と侍の境界線はないように思えるのです。

 

忍者は生きるのが使命、武士は死ぬのが誉れ、とよく言われますが、これはただ単に役割の違いだけの問題であり、諜報活動の役割を担う武士は人生観としては潔く死にたいんだけど、「職責上そんなこと言ってらんねーよ」ってことなんだと思うんですよね。

 

だから服部半蔵が実は忍者じゃなかったって言われますが、半蔵が伊賀者を使って徳川家の中で諜報活動の役割を担っていたのだとしたら、彼は列記とした忍者の頭領なんです。(諜報のミッションを持ってたかは知りません)

 

忍者をインテリジェンスとしての切り口で見ていくことにこそ、忍者の本質が見えてくるのかなーって考えています。

 

戦国時代以外の忍者

 

そう考えた時に、江戸時代になって警護や鉄砲隊などの役割を担った伊賀者や甲賀者は、もはや大半はインテリジェンスでもなんでもないので、忍者ではないということになっちゃうんだと思っています。

 

実際その後の彼らには浪漫を感じられることが少なくて、僕が忍者が好きなのはやはりインテリジェンスとして活躍する人達なんだなーって気づきました。

 

江戸という平和な時代に国家統治の目的で御庭番などがあったと思いますが、これの実態は公安警察的なものであり、その時代においては平和を守る意味でも凄く大事なことだし立派な存在なんですけど、なんかこうイノベーションやダイナミックさというかインテリジェンスの醍醐味とはちょっと違うんですよね。

 

やはり時代の変わり目で必ず起こる衝突の中で、相対するそれぞれの立場に属するインテリジェンス達が活躍し、水面下で智謀の限りを尽くすことにこそ、醍醐味があると思うんですよね。

 

まぁ、ここは趣味嗜好だと思いますが。

 

となってくると、次に来る衝突の時代はまさに幕末と言えるでしょう。

 

幕末は薩長と幕府の日本国内の戦いばかりがクローズアップされますが、実は一番面白いのは諸外国との静かな戦いだと思うんです。

 

黒船が来て無茶な要求突きつけられて、どうするどうする?ってなって日本を代表するのを誰にするのかを決めるのが幕末の内戦だったとしたら、その先にいる大きな敵は諸外国です。

 

鎖国をしていた日本が、その突然現れた敵と戦うのにはあまりにも情報が少なすぎる。

 

そんなときに諸外国へ行き、情報を仕入れたり、舌戦によって日本を守ろうとした者達がいたわけですが、彼らこそが幕末の時代に活躍した忍者であると言えることができると思っています。

 

そしてその先の世界大戦では、まさにスパイと呼ばれるインテリジェンスを担った者こそが忍者だったはずなんです。

 

こう考えると忍者がめちゃめちゃいたことにたり、ワクワクしてきてたまんないんですよね。

 

彼らについてはまたどこかで深掘りしていければと思いますが、今の段階で言うと、自分は忍者という言葉の中に潜んでいるインテリジェンスな一面にこそ、その本質があるという一つの答えめいたものを見出し始めており、そこが自分が忍者が好きな一番の理由なんだと思ってきています。

 

また哲学していくと違う答えが出て来ると思うのですが、現段階の解の一つとして記しておこうかと思い、書かせていただきました。

 

現代で忍者になるには?

 

これだけ忍者にどっぷりハマると、自分も忍者になって忍者のような生き方をしたくなってきます。

 

みなさんそれぞれの忍者像をお持ちですので、もう思う通りに自分の好きなように忍者やったらいいのではと思うのですが、自分はというと、装束を来たり、武道を習ってみたりもしましたが、どうもしっくりきませんでした。

 

なんか忍者の本質とは違うなーと。

 

これって別に忍者じゃなくてもコスプレとか武術でできちゃうんだろうなーと。

 

結局情報を司ることこそが忍者の本質である、と思い始めてからというもの、情報を欲しい人に届けたり、情報の分析や加工により世の中を少しでも動かすことが本来の忍者がやるべきことなんだという方向になってきています。

 

今は平和な時代ですから公安のため、いつか来る衝突に備えるためにスパイ的な存在は必要ではあるものの、自分がそれをやろうとは思いません。(めっちゃ憧れるけど...!)

 

ってなって自分が忍者としてできることってなんだろなーと思ったとき、やっぱりこの本質の忍者を伝えていったり、みんなが憧れるNinjaの魅力を深掘りして伝えたりかなぁと思っています。

 

忍者の本質で一番現代に使えるものって、インテリジェンスとして生きた人々の類いまれなる知恵そのものにあるはずなんですよね。

 

偉い先生方が研究してくださったその知恵の集大成や、それを体現して実際に生活している本物の忍者の人達を、一般の人たちにもわかりやすく、おもしろく、ポップに伝えられる忍者の伝道師みたいな忍者になれたらいいなぁ。

 

そんな想いでこれからもNinjackしてきたいと思います。

 

忍者サイコー!